ナンパ師の呪縛

 まだ若いとはいえそこそこいい年になったのだけど、「ナンパができるようになりたい」という気持ちが高まっている。非モテ、自意識、承認欲求などのよくある「こじらせ」が原因だけでなく、大学生時代に会ったナンパ師の存在がずっと心にひっかかっているからだ。

 当時、宮台真司の本に影響されてナンパに興味を持った大学生のぼくは、2ちゃんねるのナンパ仲間を募集するスレッドに書かれていたアドレスにメールを送り、どこかの街で合流した。まだガラケー全盛の時代だ。あらわれたナンパ師はすごくイケメンというわけだないが、独特の雰囲気をまとっていて人を惹きつけるタイプだった。

 「意外に普通の人が来てビックリした」。彼が言うには2ちゃんで仲間を集うと、通常はもっと外見のひどい人が集まるらしい。モテない男が奮い立ってナンパをしようとするから当然といえば当然かもしれない。それから大学の文化祭や路上でのナンパを経験した。

 女子大の学祭で彼は簡単に女子大生と和み、アドレスをゲットしていった。隣にいたぼくはというと、適当に話を合わせるのに精いっぱいだった。彼が言うには、好感を得ているかどうかは相手の顔を見ればわかるらしい。でもぼくにはぜんぜんわからなかった。

 2回目に彼と会ったときにはその女の子は攻略済みで、戦利品の写真の一部を見せてくれた。「あんまり見せると嫉妬する奴がいてトラブルになる」と話していたが、自分にもできるかもしれないと思えるレベルにまで到達していないので、嫉妬どころか遠い世界の話にしか感じなかった。「顔より体を重視する」「定期的に会ってる女の子はいつもリストバンドをしてるけど絶対理由は聞かない」なんてことを笑いながら話していた。

 路上ナンパというと笑顔で女性を呼び止め、相手の警戒心を解かせるためにユーモアを交える、というのが一般的なイメージだと思う。でも彼はさーっと道を歩く女性に近づいて、大して盛り上がってる様子でもないのに連絡先を交換。何かのマジックを見せられているかのようだった。どうにも理屈がわからない。書店でもナンパに成功していた。

 基本的なテクニックは教わった。ゆっくり歩いている人は狙い目である云々。自分の名前と連絡先を紙を渡す「ブーメラン」という技。だが最も大きな障害は心理的なものだ。いくら声をかける相手が利害関係のなく失敗したところで何のマイナスにもならないとわかっていても、相手拒否されるのが怖くて躊躇してしまう。コンビニで買った缶チューハイをあおって何とか一人に声をかけることができたけど、ほとんど無視されたも同様の反応しか返ってこなかった。

 それで心が折れて「ナンパは特殊な能力を持つ選ばれた人間しかできない」と結論付け、彼から合流の誘いのメールにも「しばらく一人でやってみる」と嘘をついて断りを入れた。ナンパ師への道を自ら閉ざしたわけだ。しかし自意識をきっかけにナンパに興味を持つような人間が、別の回路でその欲求を満たせるわけもなかった。数年経過して恋愛以上における年齢的限界を意識し始めた現在になって、「どうしてあの時もっとやっておかなかったのか」と後悔している。

 ナンパブログを開設することで、現状を打破できたらいいなと思う。